この記事では、Knudsen 数 (クヌッセン数、クヌーセン数) について解説します。
カタカナ表記だと色々あるのでこの記事では クヌッセン数 に統一させてください。
この記事を読むことで、以下のようなことが分かります。
- クヌッセン数の種類と、その定義
- なんで代表長さを使うのか
- 連続体として扱えないときはどうすればいいのか
では早速、順を追って説明したいと思います。
前置き : なぜこの記事を作ることにしたのか
(ここは前置きなので、飛ばしてもいいです。)
正直、「クヌッセン数」とかでググると、それなりの解説記事は出てきます。
英語が読める人は、「knudsen number」とかでググるともっと詳しく出てくるとは思います。
しかし、僕が知りたかったのは、gradient-length local knudsen number という少し特殊なクヌッセン数です。(このクヌッセン数についてはこの記事で解説します。)
これについては全く解説がなく、結局たどり着いたのは、提唱者の論文でした。
僕は、研究で論文を書くために必要な知識だったので、必死に理解しようとしましたが、普通の人が知識として知りたいと思った時に、論文を読むのはハードルが高いと思います。(論文はタダじゃないですし。)
論文は当然英語ですし、僕自身、理解するのに時間がかかったので、ニッチなニーズに答えようと、特殊なクヌッセン数も扱ったこの記事を作ろう、と思いました。
クヌッセン数とは?
クヌッセン数 ($Kn$)というのは、連続体として扱えるか (連続体近似できるか) どうかを判断する無次元量 (単位を持たない量) です。
以下の式で定義されます。(Wikipediaより引用)
$$ Kn = \dfrac{\lambda}{L} = \dfrac{k_\mathrm{B}T}{\sqrt2\pi\sigma^2 PL} $$
です。ここで、
$\lambda$ は平均自由行程、 $L$ は代表長さです。(その他の変数については、あまりここでは使わないので引用元に譲ります。)
そもそも連続体とは?
連続体とは、流体や弾性体が該当します。
僕は流体を研究で扱うので、流体で解説します。
感覚的に説明すると、分子がギチギチに詰まった状態です。
この状態では、粒子同士の衝突が頻繁に発生し、分子間で運動量や熱量のやりとりを活発に行うので、僕たちが勉強してきた 圧力、温度、速度、粘性係数、熱伝導率 などの測定可能な統計的平均量を用いて流れを観測することができます。
流体を少しでも勉強したことがある人なら、連続の式、オイラー方程式、ナビエ・ストークス方程式などを聞いたことがあるかもしれませんが、これらの式は連続体しか扱うことができません。
逆に、「連続体ではない状態」とは?
答えは単純で、分子の数が極端に少なく、スカスカの状態です。
例えば、上空の空気などは密度が低く、分子の数も上に行くほど (宇宙に近づくほど) 少なくなります。
この状態を希薄な流れ、希薄流と呼んだりします。
希薄流では流体力学の方程式は使うことができなくなります。
ここで、連続体か希薄流になっているかを判断するクヌッセン数が登場するわけです。
クヌッセン数を理解しよう
クヌッセン数の必要性は分かりましたか?
もう一度、クヌッセン数の定義を書きます。
$$ Kn = \dfrac{\lambda}{L}=\dfrac{\text{平均自由行程}}{\text{代表長さ}} $$
「平均自由行程??」「代表長さ??」という感じかもしれませんが、一つ一つ理解して行きましょう。
平均自由行程とは?
平均自由行程とは、「粒子が一回も、他の粒子と衝突をせずに進むことができる距離」です。
距離なので、単位も [m] です。
分子というのは熱速度を持っており、ランダムな方向に速度を持っています。
何も外力を及ぼす場が無ければ、分子は直線で進んでいきます。
しかし、この時、ある程度進むといずれ、他の分子と衝突するのは想像つきますか?
例えば僕たちが街なかを歩いている時、人とぶつからないように避けますよね?
この時みんなが目隠しをして、ただ真っ直ぐ歩いていたら?
誰かと誰かがぶつかって「あっ、ごめんなさい」ってなりそうですよね?
分子も同じようにほかの分子とぶつかってしまうのです。
僕たちでいう、「街で他の人にぶつかることなく、歩くことができる距離」が平均自由行程です。
ちょっとは理解できましたか?
もう少し踏み込んだ話をすると、
この平均自由行程は、「分子がギチギチに詰まっていると短くなり、分子がスカスカだと長く」なります。
感覚的には、東京の街なかを歩くのと、鳥取県の田舎を歩くのでは人とぶつかる機会が全く違う感じです。(鳥取県は僕の出身なので例に。)
ここまでの話から
「連続体では平均自由行程は短い」、「希薄流では平均自由行程は長い」という結果が予想できます。
代表長さについて
代表長さとは、流れを特徴づける長さです。
例えば、流れの中に円柱 (球) が置かれているならその円柱直径 (球直径) です。
クヌッセン数の定義を見ると、「代表長さが小さいほど、クヌッセン数は大きくなる」と言えますよね。なぜ、代表長さがそんなに重要になるのでしょうか。
僕は研究でクヌッセン数を使おうとして、この部分が全くわかっていませんでした。
理解のために、こんな例を出してみます。
カラーボールプールってありますよね。マクドナルドとかにあるやつ。(伝われ)
そこに僕たちが入ったら、カラーボールは僕たちにまとわり付いて、少しでも体を動かすと別のカラーボールに腕や足があたりますね。
では、ここに、アリが入ったらどうでしょうか。
アリにとって、カラーボールはとても大きく見えますが、同時に、カラーボールとカラーボールの間の隙間も大きく見えますよね。
その隙間はきっと、アリにとっては余裕で通り抜けることができるほどでは無いでしょうか。
すなわち、代表長さが小さくなるとアリの視点に近づくわけです。
そしてそれは、カラーボールにぶつかりにくくなることを意味しています。
なので、代表長さが大きくなると、仮想的に分子がギチギチに詰まってるように見えるし、代表長さが小さくなると、分子がスカスカに見える。ということです。
だから、代表長さが重要だったんですね。
クヌッセン数には種類がある
ここからドンドンマニアックになっていきます。
ググっても上に示した定義のクヌッセン数しか出てこないと思います。僕が読んだ参考書でもそうでした。
しかし、研究分野ではもっと色々な種類のクヌッセン数が使われます。
以下のように分類されます。
- 評価する領域
- 流れ全体 (global)
- 局所的 (local)
- 代表長さのとりかた
- 直径などの長さ (body-length)
- 物理量の勾配から得られるスケール長さ (gradient-length)
このようにクヌッセン数は分類されるわけですが、この記事では、特に工学で使われる、
- body-length global
- gradient-length local
の2種類について説明します。
body-length global
これは、今まで説明したクヌッセン数です。頭文字を取って、$ Kn_\mathrm{BLG}$ と表記したりします。
定義は、今まで示したとおり、
$$ Kn_\mathrm{BLG} = \dfrac{\lambda_\infty}{L}=\dfrac{\text{主流の平均自由行程}}{\text{代表長さ}} $$
です。平均自由行程は主流 (一様流) のものから計算します。
gradient-length local
こちらは、局所的なクヌッセン数になります。
僕が研究で使うために知りたかったのもこっちです。
Boyd [2] らによって提唱された手法で、数値計算において各セルに対して定義することができます。
このクヌッセン数を使うと、主流は連続体として扱えるけど、膨張領域 (流れのはく離が起きている所や後流) や衝撃波面では局所的に希薄流になっているなどの解析が行なえます。
gradient-length というだけあって、物理量の勾配からスケール長を算出し、計算されます。
こちらも頭文字を取って、 $Kn_\mathrm{GLL}$ と表記され、以下の式で定義されます。
$$ Kn_{\mathrm{GLL}-Q} = \dfrac{\lambda}{Q}\left| \dfrac{\partial Q}{\partial l} \right| = \dfrac{\lambda}{Q} \left| \nabla Q \right| $$
ここで、$Q$ は物理量 (温度 $T$、密度 $\rho$、速度 $V$) 、$l$ は2点間の距離です。
各物理量に対してクヌッセン数を計算し、最終的には最大値を採用します。
$$ Kn_\mathrm{GLL} = \mathrm{max}\left( Kn_{\mathrm{GLL}-\rho},\ Kn_{\mathrm{GLL}-T},\ Kn_{\mathrm{GLL}-V}\right) $$
ここで、$\mathrm{max}$ は引数の中の最大値を取り出す関数です。
希薄流のときはどうすればいいの?
H. S. Tsien [1] はクヌッセン数によって以下のように流れを分類しています。
$$ \begin{aligned} &Kn < 0.01 & &\text{: 連続流}\\ 0.01 < &Kn < 1 & &\text{: すべり流}\\ 1 < &Kn < 10 & &\text{: 遷移流}\\ 10 < &Kn & &\text{: 自由分子流(希薄流)} \end{aligned} $$
また、A. Gruthrie ら [1] は、
$$ \begin{aligned} &Kn < 0.01 & &\text{: 連続流}\\ 0.01 < &Kn < 0.1 & &\text{: 中間流}\\ 10 < &Kn & &\text{: 分子流} \end{aligned} $$
と大まかに区別しています。
高クヌッセン数な希薄流では流体力学の方程式は使えないと言いましたが、ではどうすればいいのでしょうか。
答えは、「分子の衝突を考慮した方程式を使用する」ということになります。
具体的には、「ボルツマン方程式を解く」ということを指します。
ただ、ボルツマン方程式を解くというのは簡単ではなく、特殊な条件下では解が見つかっていますが、一般解は見つかっていません。
なので、その他の方法として、モンテカルロ法の一つである、“Direct Simulation Monte-Carlo” (DSMC) 法などの手法があります。
クヌッセン数 まとめ
クヌッセン数についてもう一度まとめておきます。
クヌッセン数とは
- 連続体近似ができるかどうかの指標。
- 連続体とは、分子がギチギチに詰まった状態で、通常の流体や弾性体を指す。
- 連続体の逆は分子がスカスカの状態で、希薄流と呼び、希薄気体力学という学問が確立されている。
クヌッセン数の定義
- $ Kn = \dfrac{\lambda}{L}=\dfrac{\text{平均自由行程}}{\text{代表長さ}} $
- 平均自由行程とは、平均的に分子が一回も衝突せずに進むことができる距離を指す。
代表長さが重要な理由
- 人間から見ると僅かな隙間でも、アリから見たら大きな隙間に見える。
- つまり、同じ平均自由行程でも考える物体の大きさによって、相対的に分子のスカスカ具合は変わるから。
クヌッセン数の分類
- 全体か局所的か (Global or Local)
- 代表長さかスケール長か (body-length or gradient-length)
によって分類され、工学的によく使われるのは次の2つ
- Body-length global Knudsen number ($Kn_\mathrm{BLG}$ : 上に示した一般的な方)
- Gradient-length local Knudsen number ($Kn_\mathrm{GLL}$ : 局所的なクヌッセン数の計算で用いる)
ただし、
$$ Kn_{\mathrm{GLL}-Q} = \dfrac{\lambda}{Q}\left| \dfrac{\partial Q}{\partial l} \right| = \dfrac{\lambda}{Q} \left| \nabla Q \right| $$
で、各物理量に対して算出し、最大値を採用する。
以上が僕の知る限りのクヌッセン数の解説になります。
分かりにくかった部分や、流体力学に関して他に知りたいことがあればコメントください!
参考文献
- 日本機械学会, 原子・分子の流れ 希薄気体力学とその応用, 1996.
- Boyd, I. D., Chen, G., and Candler, G. V., “Predicting Failure of the Continuum Fluid Equations in Transitional Hypersonic Flows”, Phys. Fluids, 7, pp. 210–219, 1995.